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輪島の沖合約50kmに位置する舳倉島(へくらじま)は、江戸時代からその漁はとびうお網と磯の鮑(あわび)やわかめ、エゴ草の採取が中心で、その他、黒海苔(島海苔とも称された)が有名であった。藩は1631年(寛永8年)ごろから、この黒海苔をすべて幕府や朝廷への献上品とするため上納させており、1750年代(宝暦年間)まで続いた。
【明治になって名舟村から海士町へ地籍変更】
江戸時代の舳倉島は名舟村の領有であった。しかし、1635年(寛永11年)から海士が舳倉島へ出漁するようになり、次第に名舟村は後退し撤退するに至った。1901年(明治34年)の地籍変更で海士町の領有するところとなった。舳倉島は海女がアワビやサザエを採ることで、今も有名である。舳倉島へ初めて定期船が就航したのは1962年(昭和37年)のことだが、現在は1時間半で行けるようになった。
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